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2015/12/19

Posted on 12/19/2015 by Ryoun Kasai in ,
上田秋成といえば、『雨月物語』ばかりが有名である。怪異文学の最高峰という評価に異存はないが、たとえば『諸道聴耳世間狙』のようなスラップスティック小説が読まれないのは残念に思う。

最晩年の随筆『胆大小心録』も面白く、その狷介な人物像が直截にあらわれている。もろ出しである

第142段にこんな話がある。ご隠居が古物商から買い入れた釜。湯を沸かすと、こんこんと心地よい音を立て、通行人が聞き入るほどであった。磨いてみれば黄金製で、しかも豊臣秀吉公の桐の紋が彫りつけてある。その向きへ届け出たところ、ただ置いていけというだけ。その後、なんの音沙汰もなかった。秋成が評していう。

金の性の悪なり。 夜昼走りまどひて人をよろこばせ、人をいたましむ。 故につみておくといへども、崩るゝ事すみやか也。崩るゝにあらず、渠の性にたがへば也。今の豪富の数は、券書のみ多くおさめて、数何万両といふよ。もし世乱れたらば一紙の廃物也。是金の性の人をにぎはすは、又悲びを求るはじめなり。

金貨の本性は悪である。昼夜、走り回って人を喜ばせたかと思えば、悲しませたりもする。その点、銭の本性は善である。あちこち走り回って日常の用をたし、怨まれることもない。神仏への供えにもなれば、乞食の一夜の宿銭、一飯の助けにもなる。

この場合の「銭」とは銅銭である。金貨と区別されているのは奇妙なようだが、おそらくこの時代、金・銀・銭を基本通貨とする、複雑な三貨制度がとられていたこととも関係するのであろう。それを除けば秋成の主張、まるで理解できぬものでもない。

ところが『雨月物語』を書いた頃の秋成は、これとはまるで食い違う見解をもっていたようなのである。巻之五に収録された「貧福論」では、黄金の精霊を名のる老人に「金とは善悪を超えた非情の存在だ」と語らせている。

我もと神にあらず仏にあらず、只これ非情なり。非情のものとして人の善悪を糺し、それにしたがふべきいはれなし。善を撫悪を罪するは、天なり、神なり、仏なり。三ッのものは道なり。我ともがらのおよぶべきにあらず。

なるほど、確かに悪業貪欲の人ほど金持ちになるかもしれない。しかし、私は神でも仏でもなく、非情のものなのだ。人の善悪をただすのは、非情のものの義務ではない。ただ、うやうやしくかしずく人のもとへ集まるだけだと黄金の精霊はいう。

『胆大小心録』の成立年代は秋成が亡くなる前年、文化5年(1808)とされている。このとき75歳である。一方、『雨月物語』の成立は明和5年(1768)、秋成35歳の頃らしい。この間、いったい何があったのか。次回、考えてみたい。