2016/02/20
江戸期の戯作には、現代文学そこのけのナンセンスな作風をもつものがあって、実に驚かされる。たとえば洒落本の代表作『聖遊郭』では、孔子、老子、釈迦の三聖が李白の経営する揚屋で遊ぶ。幇間は白楽天と鉄拐仙人。釈迦が仮世(かりのよ)太夫とともに彼岸へ旅立つが、遺言が梵字で読めないという途轍もない話である。
黄表紙の嚆矢は、恋川春町作『金々先生栄花夢』であろう。謡曲『邯鄲』に材をとったといえば落ちもわかりそうだが、主人公の名は金村屋金兵衛。江戸で一旗あげようと、目黒不動まで来て粟餅屋へ入った。ここでうたた寝をする。
富商の養子に入って廓通いを始め、「金々先生」と持ち上げられて放蕩三昧にふける。この「金々先生」は当時の流行語で、金持ちの粋人を意味する。ついには勘当……というのが実は夢で、「人間一生の楽しみも粟餅一臼の内のごとし」と金兵衛は悟る。
唐来参和作の黄表紙『莫切自根金生木』。これはもう怪作といっていい。題名も凝っていて、「切るなの根から金の生る木(きるなのねからかねのなるき)」と読む。回文である。
こちらの主人公は、金々先生の隣に住む「萬々先生」となっており、冒頭からいきなりふざけている。萬々先生の悩みは富裕であること。貧乏ならどれほど楽かと、貧乏神の絵像を祀って、「おんぼろおんぼろ、びんぼうなりたやそわか」などと唱えている。だが信心の甲斐もなく、金は一向に減ってくれない。
返済のめどが立たない人を選んで貸しつける。吉原へも繰り込んで大尽遊びをする。節分の豆がわりに金銀をまいてみたが、大盤振る舞いがかえって気味悪く、楼主たちは金を受け取ってくれない。帰りの駕籠の中に財布を置き忘れたふりをするが、取って返した駕籠屋が萬々先生の懐に財布をねじ込んでいく。
先安を見込んで、損するつもりで米を買いつければ、予想外に暴騰する。身代を潰した者まで出たという富くじを買えば、大当たりとなる。戸締りをせずに家を空けると、今度は計画通りに盗賊一味が入ってくれた。しかし、あまりの金銀財宝の量に手間取ってしまって夜が明けて、あわてた一味は他所の盗品まで捨てて逃げる。
精根尽き果てた先生、蔵の金銀を海に捨てさせる。ところが、捨てた金銀がうなりを上げて空中に舞い、勢いにつられた世間の金銀と一緒になって蔵へ飛び込んでくる。おまけに先日、金を貸した人々が成功者となり、元利あわせて返しに来た。受け取らねば奉行所に訴え出ると、凄まじい剣幕である。萬々先生の妻が溜息をつく。
「ああ、ほんとに金持ちの女房って情けない……」
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