2015/11/07
かつて小アジア西端にリュディアと呼ばれる王国があり、英雄ヘラクレスを祖とするヘラクレス家によって統治されていた。500年余の長きにわたって続いた、この王朝の最後を、歴史家ヘロドトスは次のように伝えている。
リュディア王カンダウレスは、妻を絶世の美女と信じ込んでいた。その日も王は無二の寵臣、メルムナス家のギュゲスに自慢をする。事実、美女であったにせよ、自慢される方は迷惑である。返答に困るギュゲスに、カンダウレスはとんでもない提案をする。寝所に隠れて妻の裸体を盗み見よ、と言うのである。
ギュゲスは固辞したものの、家臣の身とあっては断り切れない。命じられるまま、寝所の扉のうしろに隠れて、王妃の就寝を待つ次第となる。
王妃は衣服を脱いで、一枚ずつ扉の前の椅子にのせていく。見届けて、うまく寝所を抜け出たつもりのギュゲスの姿は、しっかり王妃に目撃されていた。王の淫らな計略であったことも見抜き、激怒した彼女は、翌朝、ギュゲスを呼びつけて迫る。
女として耐えられない恥辱を受けました。この上はカンダウレスを殺して王となり、私を妃とするか、おまえ自身が死ぬか、どちらか選びなさい。
王妃の決意を翻すことはできない。その夜、ギュゲスは王の寝所の扉に、再び身を潜ませた。手には短剣を握りしめて……かくして、ヘラクレス家は滅びた。ギュゲスは絶世の美女を妃とし、リュディアはメルムナス家の支配するところとなるのである。
さて、このメルムナス朝の初代王ギュゲスの時代、すなわち紀元前7世紀、リュディアで世界最初の貨幣、エレクトロン貨が鋳造されている。そう、ここからが本題。ながながと前置きをしたのは、話として面白いと思ったためである。
エレクトロン貨というと、なにやら電子マネーのようでもある。エレクトロン elektron とは、琥珀を意味するギリシャ語である。リュディアのパクトーロス川からは砂金のかたちで、金と銀の自然合金が豊富に得られた。琥珀に似た輝きをもつために琥珀金 electrum と呼ばれ、 これを鋳造したものがエレクトロン貨なのである。
一方、電気を意味する英語のエレクトリック electric は、琥珀を摩擦すると静電気が起きることに由来している。エレクトロン貨と電気は、語源を同じくしているわけである。それにしてもギュゲスの時代、貨幣が誕生したのは象徴的ではないか。
これを貞女の公式と呼んでおこう。公式が守られるためには、妻の裸体を見たものが二人以上、存在してはならない。故にギュゲスは自らの死か、王の弑逆かの選択を迫られたのである。しかし、もし王妃が公式を逆転させたらどうなるか。
貞女の公式と似ているようでいて、まるで違う。これは娼婦の公式であると同時に、貨幣の公式でもある。王妃は、目当ての男に裸体を見せつければいい。裸体を貨幣として使うことによって、いくらでも新しい夫、新しい王を購入できるのである。
そんなギュゲスの不安の中から、エレクトロン貨は誕生したのかもしれない。
リュディア王カンダウレスは、妻を絶世の美女と信じ込んでいた。その日も王は無二の寵臣、メルムナス家のギュゲスに自慢をする。事実、美女であったにせよ、自慢される方は迷惑である。返答に困るギュゲスに、カンダウレスはとんでもない提案をする。寝所に隠れて妻の裸体を盗み見よ、と言うのである。
ギュゲスは固辞したものの、家臣の身とあっては断り切れない。命じられるまま、寝所の扉のうしろに隠れて、王妃の就寝を待つ次第となる。
王妃は衣服を脱いで、一枚ずつ扉の前の椅子にのせていく。見届けて、うまく寝所を抜け出たつもりのギュゲスの姿は、しっかり王妃に目撃されていた。王の淫らな計略であったことも見抜き、激怒した彼女は、翌朝、ギュゲスを呼びつけて迫る。
女として耐えられない恥辱を受けました。この上はカンダウレスを殺して王となり、私を妃とするか、おまえ自身が死ぬか、どちらか選びなさい。
王妃の決意を翻すことはできない。その夜、ギュゲスは王の寝所の扉に、再び身を潜ませた。手には短剣を握りしめて……かくして、ヘラクレス家は滅びた。ギュゲスは絶世の美女を妃とし、リュディアはメルムナス家の支配するところとなるのである。
さて、このメルムナス朝の初代王ギュゲスの時代、すなわち紀元前7世紀、リュディアで世界最初の貨幣、エレクトロン貨が鋳造されている。そう、ここからが本題。ながながと前置きをしたのは、話として面白いと思ったためである。
エレクトロン貨というと、なにやら電子マネーのようでもある。エレクトロン elektron とは、琥珀を意味するギリシャ語である。リュディアのパクトーロス川からは砂金のかたちで、金と銀の自然合金が豊富に得られた。琥珀に似た輝きをもつために琥珀金 electrum と呼ばれ、 これを鋳造したものがエレクトロン貨なのである。
一方、電気を意味する英語のエレクトリック electric は、琥珀を摩擦すると静電気が起きることに由来している。エレクトロン貨と電気は、語源を同じくしているわけである。それにしてもギュゲスの時代、貨幣が誕生したのは象徴的ではないか。
妻の裸体を見る資格を有するもの = 夫
これを貞女の公式と呼んでおこう。公式が守られるためには、妻の裸体を見たものが二人以上、存在してはならない。故にギュゲスは自らの死か、王の弑逆かの選択を迫られたのである。しかし、もし王妃が公式を逆転させたらどうなるか。
夫たる資格を有するもの = 妻の裸体を見たもの
貞女の公式と似ているようでいて、まるで違う。これは娼婦の公式であると同時に、貨幣の公式でもある。王妃は、目当ての男に裸体を見せつければいい。裸体を貨幣として使うことによって、いくらでも新しい夫、新しい王を購入できるのである。
そんなギュゲスの不安の中から、エレクトロン貨は誕生したのかもしれない。
Search
Popular Posts
-
以下では2013年にさかのぼり、フーリエ変換に一目均衡表、ギャン・アングルを用いながらドル/円の分析をおこなう。いわば、 フーリエ変換による分析の概要 の応用編である。現在のドル/円の分析については、 メールマガジン をご参照いただきたい。 一目均衡表を少しでも聞きかじっ...
-
伝説のトレーダーW. D. ギャンの分析手法の中でも、もっともよく知られているのはギャン・アングルであろう。 チャート上に45度の角度、つまりアングルで引かれたライン。価格と時間とが1対1で均衡したものとして、これを最重要の角度とギャンは考えた。この45度ラインをギャン・ライ
-
以下にご案内するのは、いまさら記事にするのも気が引ける定番である。ただ最近、ギャン理論などについてネットで調べてみて、自分にとっての常識が常識として通用していないような気もしてきた。もはや定番も定番ではないかもしれない。無論、読んだことのない初心者の方もいらっ
-
SFにはSFファンがいて、ミステリーにはミステリーファンがいる。そういった意味では、私は経済小説ファンではない。 しかし、ブログのテーマに合わせて、私が読んで面白かった作品の中から経済小説と呼べるもの10作を選んでみた。 どちらかといえば、出版年の古いものが多い。どう
-
一目均衡表を日足で使うにしても、最近では次のような主張がある。 均衡表の考案された昭和初期には、週6日の相場取引があった。つまり基本数値9は1.5週を、26は1ヶ月を表すのであり、完全週休2日となっている現在では、基本数値を7と21に修正しなければならない、云々。実際、海外製...